■レーシック情報:レーシック後には感染症に注意


■レーシック情報:レーシック後には感染症に注意ブログ:141119


一年ほど前に、家の車を買い替えようかという時、
ぼくが
「マニュアルミッションの車にしたい」
「どうしてもクラッチを踏みたい!」
と力説していたところ、
妻は「ぼくの乗りたい車にしよう」と言ってくれました。

普段は妻の方が車に乗る機会が多いので、
妻にとっては不便なのにもかかわらず、
ぼくが喜ぶからといって、そう言ってくれるのです。

その想いに触れた時、
ぼくは何とも言えない気持ちになったのを覚えています。

また、
ぼくが出掛ける時には、
妻はおにぎりを作ってくれます。

いつも何の気なしに食べていたのですが、
ある時、ふと
「妻は、どんな気持ちでこのおにぎりを作ってくれて、
ぼくに持たせてくれてるんだろう?」って。

その想いに触れて、
おにぎりを食べながら、
ぼくは涙が出そうになったことを覚えています。

それらを思い出した時、ぼくはハッとしました。

日々作ってくれるライス…
出掛ける時にかけてくれる「いってらっしゃい」という声…
アイロンのかかったシャツ…

全てに妻の愛と想いが込められているということに改めて気づいて、
ハッとしたのです。

「ぼくはこんなにも愛されていて、
こんなにも大事に想ってもらっているのか!」

そして同時に気づきました。
ぼくの愛し方がいかに独りよがりだったか…ということに。

ぼくは妻のことが大好きで、
とっても愛しているのですが、その愛し方というのは、
ぼくが一方的にその愛情を与えるだけで、
妻の愛や想いというのを
全然受け取れていなかったんですね。

妻のことが好きだからといって、
その愛を妻に与えて、
それで一人で満足している部分があることに気づきました。






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